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団欒Rhapsody

 カチャカチャと陶器がぶつかる音がする。パステルカラーのカーテンとフリルで彩られた店内もとい教室では、まるでテーマパークの制服のように愛らしい衣装を身にまとった少年たちが忙しなく動き回っている。光希に勧められるがまま教室の隅の席に腰掛けた理沙子は、微動だにせず彼らの様子をじっと眺めていた。
「ここは模擬店です。今年はカフェをやってるんですよ。お店の中の飾りも僕達で作ったんです」
 いつもとは違う理沙子の姿に戸惑いながらも、光希は学園祭の様子を一生懸命伝えようとする。そんな気持ちが通じたのか、訝しむような目をしていた理沙子の表情は、光希の言葉を耳にすると少しだけ緩まった。
「そうなんだ。光希くんは、まだ5年生だっけ? 凄くしっかりしてるんだね」
 大人の理沙子ならば、ここで光希を褒めるという口実の元抱きついてくるはずだ。しかし、今目の前にいる『理沙子』は、柔らかく微笑んだまま大人しく席に座っている。

(先生の変な行動も、無いなら無いで、ちょっと寂しい、かも……?)

 魔が差したのか、思いもよらない気持ちが湧き出ている気がして、光希は思い切り首を振ってその考えを消し去った。
「光希くん? どうかした?」
「あっ、いえ、なんでもないです! それより、何か食べませんか? メニューは翼くん達が張り切って考えてくれてて、美味しそうなのが沢山ありますよ」
 手製のメニュー表を広げて見せれば、理沙子はたちまちキラキラと顔を輝かせた。それもそのはず、若い女性客が多くやってくることが想定されているアイドルコースの持ち場では、予めターゲット層を意識した作品作りが行われていた。アイドルであるからには、常にファンの事を第一に考え行動すること、と脳裏に日野川の声が蘇る。現在中学生である理沙子は、まさに光希達が想定していたターゲットに丁度当てはまっていたのである。
「うさぎの形の立体ケーキだって! 可愛い~! 私これにするね。ふふ、どうやって作ってるのかなぁ」
「それは企業秘密ですよ」
 興味津々と言ったようにメニューに釘付けになっている理沙子を見て、光希はホッと胸を撫で下ろす。そして、ちらりとカーテンで仕切られた教室の向こう側──通称『キッチン』を覗き込んだ。
「先輩、ラビットケーキひとつお願いします」
「はーい。あ、つーちゃんも皆も、お客さんに見られないように気をつけて」
 少女たちの楽しそうな会話に混じって、密やかに聞こえてくる焦った声。各々【異能】を駆使しながら料理を作り上げる少年たちの姿が、そこにはあった。自由自在に動き回る道具や、独りでに変形していく食材を見たならば、きっと少女たちは別の意味で大声をあげるだろう。間違ってもお客様にはキッチンを見られないよう、光希達ホールスタッフは常に細心の注意をはらって目を光らせていた。
「よ、光希。そっちも大変そうだな」
「直哉くん!ありがとうね、手伝ってくれて」
「気にすんな。オレ達の持ち場は映像系の出し物だから、結構暇なんだ。だから手伝えて嬉しい」
 光希と同室の少年──直哉は、そういうとニッと笑って光希に料理の乗った皿を差し出した。その様子を後ろから覗き込んでいた永遠が、大袈裟に肩を竦めてみせる。
「はぁ、他コースの後輩くんがこんなに健気に頑張ってるってのに、うちのメンバーはどこほっつき歩いてんだろーね。みことかさ、絶対サボりだよあいつ」
「それがね、リレーの練習があるんだって。郁先輩と統也と一緒にグラウンドにいると思うよ。京先輩と紫乃くんはコンサートの練習があるし、手が空いてるのはボク達くらい」
「えっ、そーなの?」
 キョトンと首を傾げる永遠を見て、ケーキの飾り付けをしていた翼が呆れたように苦笑した。
「夏休み前に、皆言ってたじゃん」
「えーそんな前の事忘れちゃったよー! つまり僕ら暇人ってこと?」
「一緒にしないで。ボクは午後から舞台がある」
「つーちゃんまで!? えっえっ、じゃあチーム内で暇なの僕とひかりんだけってことになんじゃん!」
 それまでぴょこぴょこと嬉しそうに跳ねていた永遠の頭の毛が、瞬時にぺたりとはりつきその姿を消した。うるうると潤んだ瞳が光希に向けられる。
「ひかりんやなおちーは10期生だから仕方ないけどさ、僕に何も声がかからないのは悲しいよ……もうこの学校4年目のお兄さんなのにー!」
 わーん!とわざとらしい声をあげている永遠を横目に、盛りつけを終えた翼は淡々と呟いた。
「永遠くんもリレーで声がかかってたでしょ。でも自分で断ってたじゃん」
「え……?」
「『僕は接客しながらお姉さんとお話するほうがいいもん』って、響希先生に直談判してた」
「そ、そうだっけ?」
 またこてりと小首を傾げる永遠。自分で言ったことも忘れてるなんて都合がいいよね、と嫌味を叩きつつ、翼は光希にケーキの乗った皿を優しく手渡した。
「これ、理沙子先生……じゃなくて、理沙子さんに渡してきて」
「あっ、僕もりっちゃんとこ行く!」
「永遠くんはお皿洗い!」
「えー、やだー!」
 ギャーギャーと騒いでいた永遠は、翼の手によって洗い場まで連行されて行く。それを見ていた光希は、直哉と目を合わせて小さく笑い合った後、理沙子の待つテーブルへと向かっていった。
「理沙子さん、お待たせしました」
「ありがとう、光希くん。……わぁ、本当にうさぎの形だ。食べるの勿体ないなぁ」
 そう言いつつも、理沙子は容赦なく耳の部分にフォークを突き刺している。姿は違っていても、時折見せるその自由奔放さが、やはり理沙子らしいと光希は思う。
「理沙子さん、お味はどうですか?」
 嬉しそうにクリームを頬張る理沙子にそっと声をかけると、彼女は日差しのように眩しい満面の笑みを向けた。
「とっても美味しい! 連れてきてくれてありがとう、光希くん」

──────────

 今日の隅で嬉しそうに笑い合う二人を見つめ、翼はホッと息を吐いた。
「仲良くなれてるみたいだね。このまま光希くんに色々と案内してもらおう」
「僕もりっちゃんと一緒が良かった~!」
 未だに嘆いている永遠をちらりと一瞥し、翼は肩を竦める。そして、小さな声で呟いた。
「一緒に行ってこれば。少し早いけど、休憩あげる」
 いつもは不注意な癖に、その声は永遠の耳にしっかり届いたようだった。永遠はぱちぱちと瞬きをした後、みるみるうちに輝きを取り戻していく顔をぐいっと翼の方に向けた。
「つーちゃんありがとう! やっぱり持つべきは可愛い後輩だね!」
「大袈裟だなぁ」
 永遠の重みで体をぐらぐらと揺らしながら、翼は誰にも見られないように俯いて、こっそりと微笑んだ。

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