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第48楽章『流星群

 響希と仲間たちの魂が織り成す光が、未明の空をまるで流星群のように駆けていった。突如として戦いを終えた少年たちは、呆気に取られたように美しい空の景色に見とれている。その中で、光の正体を知っている命・翼・光希の三人は、寄り添いあいながらゆっくりと息を呑んだ。
「先生だ。響希先生が、【略奪者】にされてしまった人たちを連れていってくれた」
「戦いは、終わった、の?」
 震える声で尋ねた光希に、命は目を伏せて首を振る。【救世主】たちと響希のおかげで校内に放たれた略奪者は全て消滅したが、諸悪の根源ヴィクトリアには、未だ対峙できてすらいない。 彼女の元に辿りつけていない以上、終結は望めなかった。だが、命は熱く滾る瞳を光希に向けてその肩に手を下ろす。彼が決着をつけようとしていることは明白だった。
「良いか、光希。良く聞け」
 その声に、大地を踏みしめる足に力が籠る。
「響希先生から、出来る限りの情報を聞いた。俺はバカですぐ忘れちまうから、今話すな。……ヴィクトリアはおそらく、学園と外を完全に遮断する為に、門へ移動しているらしい。門の外には、既に人が集まり始めているそうだ。警察なんかも動いているだろう。俺たちを助けるために、だ」
 命は一度言葉を切って、静かに深呼吸をした。
「だが、ヴィクトリアは俺たち【救世主】を根絶やしにするまで、けっして門を開こうとはしないだろう。……光希、お前の力で、その隔たりを壊して欲しい。お前ならきっと、外と繋がれる」
​ 光希が覚醒した時の様子が、脳裏にまざまざと思い出される。力だけならば命よりも強いだろう。あの夜、命は怪物を倒す彼を見て、これから先、彼の力に己の願いを託す時が来るだろうと、密かに覚悟していたのだ。
「俺は、初めて会った時から、お前が気に食わなかった。そのキラキラした目が嫌いだった。今だって、本当は認めてなんかやりたくねえ所だ。……だけどな、悔しいけど、今この世界を、俺たちを救えるのはお前しかいない。お前が最後の砦なんだ」
 命は両手に力を入れて、頼み込むように光希に語りかける。光希の体はまだ小さく震えていたけれど、その手の重みが彼を奮い立たせる勇気になった。
「分かりました。僕は、僕に出来ることを精一杯やります」
「……ありがとな」
 絞り出すように呟いた命が、一瞬だけ柔らかく微笑んだような気がした。しかし、次の瞬間にはもう、彼は踵を返し西棟の方を向いていた。
「俺は西棟の内部に残る全てを倒してくる。翼、光希の力になってやってくれ。お前は俺なんかよりずっと指揮に向いてるよ。誰も犠牲にならない道を選べると思う」
 翼が真剣な顔で頷くと、命は満足気息を吐き、振り返らぬまま歩いていく。遠くなっていく彼に一抹の不安を感じ、光希はその背中目がけて堪えきれなくなったように叫んだ。
「皆、無事ですよね? 全部終わったら、消えちゃった皆、ちゃんと、生きて戻ってきますよね?」
「バカ言え。心配しなくたって、アイツらはこんな所でくたばるヤワじゃない」
 振り返った命は、太陽のように満面の笑みを浮かべていた。本当は、姿を消し、眠りにつき、記憶を失った彼らが、この先どうなってしまうのかなんて分かるはずが無かったけれど。光希たちだけには、彼らにまた会える日を信じさせてあげたかった。それが彼らの原動力となるのならば。かつて京や響希がそうしてくれたように、命もまた、彼らの支えになりたいと強く願っていた。
 魂の星が降った夜明け、二つの道に分かれた彼らは、最後の使命を果たす為、前だけを見据えて歩いていく。
 どこからか、優しい女の歌が聞こえてきて、彼らの背中をそっと押した。

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 ぺたぺたと何かを地面に打ちつける音がして、響希はゆっくりと目を開ける。光となり天に昇っていった彼は、いつの間にか見知らぬ部屋の中にいた。視界に明々と灯る暖炉が映ったかと思えば、それを遮るように、黒く重量感のある鳥の姿がこちらを覗き込んだ。
「キー?」
「君は……何?」
 掠れた声で呟いて、響希はゆっくりと起き上がる。今までのことが全て夢だったのではないかと思うほどに、部屋の中はあたたかく平和な空気に満ちていた。そして──
「お待ちしてましたよ、先生」
 もう居なくなったはずの声がした。響希が瞬時に振り向くと、そこには目の前で落ちていった少年の姿が見える。
「ここは地獄か何かかな? 元気そうで、何より」
 響希は呟くようにそう言うと、自分とよく似た瞳をじっと捉えた。
「僕は何をすればいい。あの子達の為に、まだ出来ることがあるんだろ」
「協力、してくれるんですね」
 目線の先の少年──京は、そう言って屈託のない微笑みを作った。向こうにいた頃にはけして見られなかった、心を許した顔だった。

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