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第42楽章『nightmare』

「あちらの世界に、【救世主】の力だけを渡す。ここへ来たばかりの君達になら、まだ世界との結び付きが途切れていない君達になら、それが出来るはずだ」
 ソラは目の前に佇む四人の少年たちに、一縷の望みをかける思いで話し出した。
「郁はさっき、一時的に向こうへ帰ることが出来ただろう。それを、もっと強い力で再現するんだ。誰か一人に、ここにいる全ての【救世主】の力を明け渡し、魂をあちらの世界へと送る。そうすれば、きっとあの怪物たちを全て倒すことが出来る」
 ソラはあくまで淡々と、計画を言葉に置き換える。そこに情を挟まぬよう、単調に。
「だがひとつ、欠点がある。力を全て宿した者は、真の意味で人では無くなるんだ。【救世主】を救う象徴として、世界を書き換える第一人者として、皆が救われたあとも、一人この場所に留まり続けなければならない」
 ソラは、腕に抱えた書物に目を落とし、僅かに唇を噛み締めて絞り出すように口を開いた。
「新しいページに、そう記されていた」
 彼の手にした書物は、これから先に起こること、成すべきことが順に浮かび上がってくるようになっていた。そして、良いことも、悪いことも、今まで【救世主】に関することは、全てこの本の通りに進んでいたのである。この世界は一体誰が作ったのか、何故自分たちだけが理不尽な筋書きに振り回されなければならないのか、その理由を何年も考えてきたが、答えを導き出すことは出来なかった。今なお無力なソラは、子どもたちに『皆のために犠牲になる一人』を選ばせることしか出来なかった。
 瞳に悔しげな色を滲ませて口を閉じたソラの周りに、沈黙が広がっていく。当たり前だ。充分苦しんで、やっと楽になれると思った矢先に、更なる犠牲を乞うたのだから。自分でも、最低なことをしている自覚はあった。だが、本に従う以外、何の解決策も見いだせないのでは、立ち止まっていても意味が無い。
 俯くソラと、呆然とする少年たちを見兼ねたリクは、両者の間に割って入るような形で笑顔を作ってみせた。
「急に決めろと言われても、困惑するだけだろ。もう少し、時間を置こう」
 暖炉の炎も消えかけた部屋は、信じられないほどに冷たい空気で満ちている。このまま凍りついてしまいそうな時の中で、カーペットに寝そべった鳥たちだけが、残酷さを知らぬまま、幸せそうに寝息を立てていた。その時彼らは、一体どんな夢を見ていたのだろうか。

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 日が沈むまでは優勢だった戦いも、空が暗くなり足元が見えなくなると、途端に形勢逆転されてしまった。肩で息をする少年たちの中には、手酷い傷を負っている者もあり、理沙子は彼らの手当てに駆り出されることとなった。
 そして日付が変わる頃、一人一人に応急処置をし励まして回っていた理沙子の元へ、神妙な面持ちの響希が現れた。
「そろそろ寝ておいたほうがいいよ。多分、戦いは朝まで続く。永遠くんと命くんには引き続き戦ってもらっているけれど、翼くんと光希くんは先に部屋に帰した。だから姉さんも」
「私は大丈夫。響希ちゃんや皆が頑張っているのに、寝てなんかいられないわ」
 気丈に振舞ってみせる理沙子だったが、連日の騒動で彼女が疲れ果てているのは明白だった。それに、日頃から戦闘に慣れていない彼女には、この状況下はかなり辛いはずだ。響希は首を振って、理沙子の腕を掴んだ。
「無理しちゃだめだよ。僕はずっと戦ってきたから平気だけど、姉さんはそうじゃないだろ?」
「そんなの、分かっているわよ。でも……どう足掻いても眠れそうにないわ。眠れたとしても、酷い夢を見てしまいそうで」
「例え眠れなくても、横になって体を休めるのは大事だよ」
 目を細め、響希は優しく理沙子を促す。しばらくは苦い顔で留まっていた彼女だったが、いつまでも引かない響希に観念したのか、苦笑しながら立ち上がった。
「分かったわ。私も休んでくる。でも、何かあったら絶対呼んでね」
「うん、分かったよ。おやすみ、姉さん」
「えぇ。また後で」
 そう言った彼女は既に後ろを向いていて、表情は見ることが出来なかったけれど、響希はその言葉に思わず息を飲み込んだ。あぁ、と口の端から声が漏れる。
 理沙子は分かっていたのだ。響希が長くは生きられないことを、感じ取っていたのだ。だからこそ、一日の終わりを示す言葉ではなく、『また後で』なんて言葉を使ったのだろう。例え、次に会った時、響希が人の姿をしていなかったとしても。きっと彼女は、屈託のない優しい目で、笑って『おはよう』と言うのだろう。

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