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​第60楽章『或るアイドルの話

 街中に張り巡らされた大きなモニターが彼らの姿を映し出した時、辺りは明るい歓声に包まれた。画面の中では、飛行機から降り立った彼らに数多の記者が押し寄せている。
「はい押さないで! 取材は後ほどお受けしますから」
 マネージャー達が慌てて記者を制止しているのを横目に見ながら、光希はどこまでも広がる青空を仰いでいた。世界中のステージを駆け抜けてきたことが、今なお夢のように感じられる。けれどこれは、光希の目に映った沢山の笑顔は紛れもない現実で。その事が震えるくらいに嬉しかった。
「ねえ、翼」
「んー? 何?」
「ここまで一緒に歩いて来てくれて、ありがとう」
 はにかみながらそう伝えると、今日の空のような目をした翼は、一瞬きょとんと首を傾げて立ち止まったあと、弾けたように笑いだした。
「何言ってんの。まだまだこれからだよ」
「あはは、そうだったね。……でも、君とここまで来れたのが本当に嬉しいなって。感謝はいつ伝えたっていいでしょ?」
 後ろで手を組みながら、光希はにこりと笑って告げる。すると、今度は彼の方が少しだけ照れくさそうに息を吐いた。
「はぁ、何で躊躇いもなくそんなこと言えちゃうかなぁ。まあそうだね。ボクからもありがと、いつも引き立て役になってくれて」
「えぇ? 何それ! ひど!」
 目を丸くして声を上げた光希に、彼はもう一度可笑しげに笑った。そして未だ記者たちと攻防を続けているマネージャーの元へと歩いていく。
「大丈夫、ここでお話聞きますよ。中に入ると暑苦しいし」
 そう言ってカメラに向かって微笑んだところに、すかさずフラッシュが降り注ぐ。先を越されたと光希も後を追うと、早速記者のひとりにマイクを向けられた。
「ワールドツアーお疲れ様でした!光希さんは、元アイドル俊希さんの息子であるとのことですが、どうでしょう、お父様を越えられたと感じる瞬間はありましたか?」
 この手の質問は、今まで何度も聞いてきた。世界にまで届く光を得てなお、彼の知名度は父親の功績の上に成り立っていると言っても過言ではない。父の残した数十年の軌跡は、やはりたった数年の輝きでは超えることは出来ない。だから光希は、そう尋ねる記者たちに向かい、胸を張ってこう答えることにしている。
「いいえ。今はまだ、道の途中です。到底父を超えることが出来たとは思えません。でも、いつか必ず超えてみせます。今まで手を引いて貰った分、今度は僕が誰かに希望を与えられるように」
 揺るがない声は辺りに響き、記者たちは感心したように次々とため息をつく。
「流石は世界に進出したアイドル。素晴らしい回答をありがとうございました」
 心のうちではどう思っているにせよ、彼らにとって都合の良い解釈の出来る、感動的な回答にはなったようだ。けれど、翼は知っている。光希の言う『手を引いて貰った人』の中には、彼の父だけではない、もっと多くの名前が秘められていることを。
 だから彼の輝きは、誰よりも強く、長く、世界を照らし続けられるのだ。この先もずっと、遠い未来の果てまで。

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