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​第59楽章『再来

「ねえ、お母さーん! 遊んでよー」 
パソコンの画面を睨みつけている母に向かって、京は不満げに声を上げる。母はくるりと振り返って、不機嫌そうに顔をしかめた。
「今日はお母さんお仕事だって言ったでしょ?」
「……じゃあみこと先生のとこ行きたい」
「先生のとこも、今日はおやすみ。ほら、郁と隣の公園で遊んできなさい」
「うー」
 頬を膨らませながらも、京は仕方なく踵を返して二階へと駆けていく。階段を登ったすぐ先にある扉を開くと、窓の傍で大人しく絵本を読んでいる片割れの姿があった。双子なのに自分とちっとも似ていない彼は、外で遊ぶより部屋で静かに過ごすのが好きなのだ。
「公園で遊ぼうよー」
「これ読み終わったら」
 彼はこちらを見もせずに、絵本のページに集中している。こうなると何を言っても聞かないことを京はよく分かっていた。仕方なく近くにあるクッションにもたれかかって彼の読了を待つ。数分後、彼は満足そうにぱたりと本を閉じて、そこではじめて京を見た。
「待っててくれてありがとう」
「う、うん。別に」
 嬉しそうな顔でそんなことを言われてしまっては、彼の言うことを聞かない選択肢などない。京は僅かに頬を染めながら、彼の手を引いて階下へ降りた。
「お母さん、公園行ってくる」
「はーい。気をつけてね。5時には戻ってくるのよ」
「うん、行ってきます!」
「行ってきます」
 揃って返事をして家を出る。先月母が買ってくれたお揃いの靴で、歩幅を合わせて歩きながら、二人は家の隣にある小さな公園へやって来た。いつもは数人の子どもたちで賑わっている公園だが、今日は奥のブランコに同い歳くらいの子どもが一人座っているだけのようだ。風に揺れる黒髪に、伏し目がちの黄色い瞳。初めて見る子のはずなのに、京は何故だかその子から目が離せなかった。
「郁、あの子に話しかけてみない? ひとりでいるし、寂しそうだし」
「うん、いいよ。一緒に遊ぼう」
 相方はにこりと頬を上げて頷いた。手を繋いだまま、二人は子どもに向かって歩いていく。俯いたままの小さな頭に、そっと声をかけてみた。
「ねぇ、僕たちと一緒に遊ばない?」
 その言葉に、子どもはハッと顔を上げる。目が合った瞬間、京は不思議な懐かしさに包まれた。これは知らない思い出だ。知らない感情と、知らない記憶だ。それなのに、何故だかとても泣きたくなった。やっと会えた。そう思った。僕はこの子と大事な約束をしていた気がする。次の世界で出会えたら、今度は──

「ともだちに、なろうよ」

 不意に口から飛び出した言葉は、あの日の自分から受け継いだ願い。伸ばした手は、願いの先を掴んでいる。
 少年の満月のような瞳が、驚いたように見開かれて、そして安心したように細められた。
「うん」
 ゆっくりと手を握り返される。左手を郁と、右手を少年と繋いだまま、京は小さく良かったと呟いた。約束は、果たされた。

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