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​間奏3『丘の上

 わたくしの人生は、後悔だらけで、失敗ばかりで、人を傷つけることしか出来なかった気がする。結局私も、あれだけ憎んだ父と同じことをしていたのね。もし地獄というものがあるのなら、真っ逆さまに堕ちて当然。

 それなのに、ヴィクトリアが辿り着いた場所は爽やかな草原だった。研究所を出て南の方角に歩いた先にある広々とした丘。その頂上に、全てを包み込んでしまいそうなほど大きな木があった。リクとソラは、そこで昼寝をするのが大好きだったっけ。
「学園を建てる時に、この木は伐採したはず。……そうか、きっとこれは、わたくしが道を違える前の記憶なのね」
 ずっしりとした木の幹に、そっと細い指を這わせて見る。でこぼことした手触りに、ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。深い木の匂いをめいいっぱい吸い込んで、ヴィクトリアはその場にもたれかかる。
「……誰、なのですか? 罪深いわたくしを、このような優しい場所に下ろしてくださったのは」
 泣きそうな声で呟いた途端、頭上から木の葉の擦れる音がして、二人分の声が降ってきた。
「遅いよ、先生。俺たち待ちくたびれちゃったよ」
「ここからの景色、とても綺麗ですよ。先生も登ってきてください」
 溌剌としたその声色に、ヴィクトリアは顔をあげる。声もままならないまま、彼女は息を呑んで涙を拭う。

 わたくしは、一体どれだけの宝物をこの子達から貰ったんだろう。

 ヴィクトリアが教え導いた彼らは、十数年の時を経て、今度は彼女を導く番となった。伸ばされた手をしっかりと繋いだヴィクトリアは、次こそは絶対に離さないと誓って、勢いよく地面を蹴った。

 後悔だらけで、失敗ばかり。謝っても許されず、償いすらも叶わない、そんな人生だった。でも、それでも、この子達はヴィクトリアの手を引いてくれた。


 絶望を作り上げてきたこの十二年間で、彼らのために成し得たことなど何も無いと、そう思っていた。けれどこの手の熱さが、それを否定してくれた。彼女がいなければ出会わなかった人が、救えなかったものが、きっとあった。たくさんあった。全て赦されない人生などでは無かった。彼女はちゃんと、彼らが歩む未来の途中に、道標を残していた。まるでこの木のように雄大で、美しい指標を。

 木の幹に腰かけた彼女は、そこから世界の景色を見た。何処までも続く地平線の先に、太陽の光を受けて煌めく海があった。ふと、鳥の群れが彼女の頭上を駆けていく。光溢れる海に向かって、翼をはためかせ、飛んでいく。
 彼らは、本来飛べない鳥のはずだった。重たい身体に細い足。届かない光を見つめ、甲高い声で鳴きながら、地面を這いずり回ることしか出来なかった数多の生命たち。
「キー!」
 そんな彼らが今初めて大空を駆けた。それは、全ての【救世主】たちに捧ぐ、祝福の音だった。

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