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​後奏曲『この世界に光あれ』

 すっかり暗くなった住宅街。街灯の明かりだけが心許なく点々とついている。響希は怖くなる気持ちをグッと堪え、家路に向かって足早に歩みを進めていた。と、その時。
「もしかして……響希くん?」
 不意に背後から声がして、響希は口から心臓が飛び出んばかりに驚いた。ガチガチと歯を鳴らしながら恐る恐る振り向いた彼を見て、声の主は慌てて声のトーンをあげる。
「ごめんっ! 驚かせちゃったみたいだね。僕だよ。覚えてない? 保育所にも何回か遊びに来てると思うんだけど……」
「……光希お兄さん?」
「そう! 覚えててくれて良かった!」
 彼は子どもみたいな笑顔でホッと息を吐く。そして、響希の目線に合わせるようにそっとしゃがみ込んだ。
「おうちはこの辺り?」
「うん。あっちの道を右に曲がってすぐ」
「じゃあ、送っていってあげる」
 そう言って差し出された手を、響希は躊躇いなく握った。以前もこんな風に二人で歩いていた時があったような気がして、少しだけ不思議な心地になる。
 街灯をなぞる様に二人は歩く。その頭上にはもうひとつ、眩しい光が浮かんでいる。
「今夜は満月かぁ。綺麗だね」
「きれいだね」
 互いに顔を見合わせて微笑む。と同時に、何処かの家からピアノの音色が流れてきた。初めて聞いたはずのそのメロディは、何故だかとても懐かしく感じて。
 響希は楽しそうに口ずさみながら、夜の町に足音を鳴らした。

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