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​間奏4『未来を灯す

「社長。新グループの子たち来てますよ」
 部下に声をかけられ、理沙子は大きく伸びをした。いつの間にか約束の時間になっていたらしい。パソコンを閉じて立ち上がり、部下の元へと歩いていく。
「ありがとう。ええと、今回は五人組の子たちだったかしら?」
「はい。ふふ、事務所が大きくなったのは良いことですけれど、所属タレントのことは覚えておいてくださいよ」
「分かってるわよ。この子達よね」
 部下のからかいに答えながら、理沙子はファイルから五人分の資料を取りだした。皆実力ある魅力的なアイドル達だと聞いていたから、どの少女にもその経歴には目を見張るものがある。満足そうに頷きながら頁を捲っていた理沙子だったが、とある人物の名前を目にした時、不意にその手がピタリと止まった。
「……ねえ。少しの間で構わないから、この子とお話させて欲しいのだけど」
「ええ、数分なら構いませんよ」
 不思議そうに目を瞬かせながらも、部下は少女を呼びに階下へと降りていった。残された理沙子は、小さく長いため息を吐くと、僅かに口の端をあげて微笑む。
「追いかけてきたのね、きっと」


 部屋に入ってきた少女を見た瞬間、理沙子は不意に五年前に戻されたような、懐かしさに似た感情に包み込まれた。サラリと流れる綺麗な黒髪と、アメジストを思わせる綺麗な瞳は、あの時の彼にとてもよく似ている。
「あなたが、杜若 茉奈さんね。お兄さんの郁くんによく似ているわ」
「社長……いえ、東先生。初めまして。兄が生前、お世話になりました」
 そう言って、目の前の少女、茉奈は深いお辞儀をした。あたたかい陽の下で、愛され慈しみ育てられてきたのだろうと分かる、丁寧な動作だった。理沙子は不意に零れそうになる涙をぐっと堪え、彼女に向かってゆっくりと語りかける。
「顔を上げてちょうだい。椅子にもかけていいのよ。……あなたは、お兄さんと同じ世界を見る為に、ここまでやって来たのね」
 労るような理沙子の声に、ハッと息を呑む音が聞こえてきた。茉奈は、彼女の言葉を噛み締めるように何度も頷くと、静かに手で顔を覆い、その場で縮こまる。
「はい。お兄ちゃんの夢が、私の夢でもあったんです。私、ようやくここまで来れて、あなたに会えて、本当に良かった」
 震える声が空気を揺らし、理沙子は思わず立ち上がった。長い机を隔てたその先、彼女の方へ迷いなく駆け寄ると、そっとその体を抱きしめる。


 あの門をくぐった日からずっと、彼らが生まれてきた意味を考えていた。望まぬ力を持って生を受け、夢を追いかけることすら阻まれて、運命に翻弄された彼ら。世界を救ったその事実すらも、時代が過ぎ行くと共に風化し忘れられる。そんな彼らが、ずっと哀れでならなかった。
 けれど今分かった。それはけっして無駄ではなかったのだ。あの子たちが息をして、声をあげ、光を求めて戦ったあの日々は、ちゃんと報われていた。未来に繋がる灯火に生まれ変わって、彼らの意思は生きている。
 その時、理沙子は決意した。私の役目はまだ終わっていない。彼らの灯りが輝き続けるのならば、私は燭台となろう。松明となろう。この命ある限り、私の存在が、未来を灯す為の居場所となれるように。

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